決定者を見てみよう。 この表からは、圧倒的に「市町村」が多く、次いで「都道府県知事」、ごく少数の部分が「大臣」となっているようにみえる。
このことから、建設省などは、現在の都市計画は「原則として市町村が行う」と解説する。 この表をさらによくみると、市町村や都道府県知事、あるいは建設大臣が、それぞれについて独自に決めるのではない。
都市計画法はがっちりと、「市町村の決定」については「知事の承認」が、「知事の決定」については「大臣の認可」が必要としている。 すべてが「承認」と「認可」という縦の系列につながれており、最終的にはすべてを国がコントロールする仕組みになっている。
実際に、用途地域の見直しなどについても、どういう土地がどの用途地域になるかという細いる町のあり方を無視して、金儲けのために、線・色・数値を操って、無原則な規制緩和を繰り返してきたために、町の姿は変わり、なじみの店は消え、隣人たちも去っていった。こうした悲劇が日本中の町でおきている。 いつまで繰り返すのだろうか。

目は都市計画法には書かれておらず、すべては建設省の通達でガイドラインが全国に流される。 都市計画法に都市をめぐる調査をおよそ五年ごとにやるとは書かれているが、そのたびに線引きや用途地域の見直しをやれというはっきりした規定はない。
建設省の解釈である。 また、「国家高権」のもとでは、市民にたいして「知らし」という姿勢になりがちだ。
市民の生活や人生に大きな影響のある用途地域の指定替えにしても、住民の意向調査はもちろん、公聴会さえ開かれないのがざらである。 指定替えを諮問され、審議する自治体の都市計画審議会も非公開が普通である。
作業がほとんど終わってから、形式的な住民説明会が開かれ、自治体の広報紙に載るのがせいぜいである。 住民の多くが、重要な変更に気がつかないのも、当たり前なのである。
日本で都市計画に関する法律が最初にできたのは、一八八八年の「市区改正条例」だが、対象は東京に限られていた。 その後、一九一八年には、京都、大阪、横浜、神戸、名古屋にも準用された。
この条例では、都市計画の決定権限は「主務大臣」、つまり国にあるとされていた。 都市計画などを国がきめることを「国家高権」とよぶが、この考え方は一九一九(大正八)年の旧都市計画法にもそのまま継承された。
一九六八年に旧都市計画法が全面的に書きかえられて現行の都市計画法が施行されまた、こうした「御上」からのコントロールを補強しているのが「補助金」である。

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